RoseEnNoir午前零時

ギタリストRose En Noirの日常身辺雑記

確率論(1)リスク判断

年末年始は 年末ジャンボ宝くじをはじめ、 神社のおみくじとか福袋とか 人々の射幸心を煽るイベントが多々催される。 こういう、たぶん結果はついてこないけど つい期待がふくらんじゃう「くじ引き」は 僕も興味本位で時々買ったりするが、 実際のところ僕も含めて 目も眩むような結果を出してやる。みたいに目を血走らせて 本気で挑戦する人はあまりいないと思う。 で、それでいいと思う。 よく「宝くじ1等を当てるのはウン万分の一の確率」などと 言われるが実際その通りで、 1等は1千万枚に1枚入っているので、 日本の総人口のうちトップ12人程度の運のよさを持ち合わせていないと 当てることができない。 5等の3000円当選。になると1000分の1の確率になるが。 だから1000人のうち998人くらいは1枚、宝くじを買っても せいぜい300円を当てるのが関の山ということであるが、 僕はこれを幸せな結果だと思う。 問題は、期せずして5等なんかを当ててしまった時である。 「なんで。うれしいじゃん」 というのは当たり前の反応であるが、 その人は1000人のうちの1人。に偶然に選ばれてしまったということであり、 1000分の1の運命を引き受ける人生を選んでしまったということである。 回りくどい表現だが、要は「同じような確率で起こる不幸なこともありますよ」 ということで、ここでは交通事故のよう不幸を宝くじと同様、 誰しもがほぼ平等に見舞われるであろう偶発的な事件、と仮定して論を進める。 「不幸の確率」としてよく例に挙げられるのが交通事故であるが、 日本における1年間の交通事故死者数は5000人程度であり (それでもかなり多いという印象だが)、 大雑把に言うと「宝くじ(でそこそこの当選金額)を当てる確率」と変わらない。 しかし、 1年間で交通事故で死傷する人はだいたい100数十万人いる。 だから日本の総人口で割ると、 だいたい100分の1の確率で交通事故に遭うということが推算されるのだ。 宝くじ5等の実に10倍である。 僕は高校時代数学はオール1だったが、 唯一「確率」の単元だけはテストで学年平均を上回ったことが自慢。 だから確率の分野はいまでも関心があるのだけれど、 こと幸せの確率は高く見積もるくせに、リスクの判断に際しては 軟弱な僕でも割と強気な査定をしてしまいがち。なので、 くじを外すたびに 「オレって平凡な多数派なんだな」と 胸を撫で下しているのである。