RoseEnNoir午前零時

ギタリストRose En Noirの日常身辺雑記

不審者対策避難訓練(その2)

かつて行った不審者対策避難訓練では酷い目に遭った。

今年の訓練こそは、と再び張り切って不審者撃退役に立候補したところ

すんなり受理、決定。その時点では何も疑いをもたず

僕は家で祝杯をあげていたりした。

「パパはヒーローになるんだ」

その日から早速役作りに入ったが、

やっぱり不審者役と違ってヒーロー役は

研究過程も楽しく、すんなり身体に落としこめる。

侍戦隊シンケンジャー」のDVDを全巻見返しながら、

やっぱり自分はヒーロー側の人間だったんだ、と

改めて実感した。

訓練当日。

警報ベルが響き渡ると同時に、

用意していたさすまた(先端がY字状になった槍)を

携えてセコムが異常を感知した廊下に駆けた。

その時、僕の頭の中、そしておそらく周囲にも

シンケンゴールドのテーマソングが流れていた。

やらねばならぬ 男なら この世に生きる人のため

向かった先には全身黒タイツ、目出し帽の

見るからに不審者然とした男がしゅっ。と立っている。

身長は僕より高いがこっちにはリーチ2mのさすまたがあるので

恐るるに足らず。

「イヤッサー!刺又の露と消えろ!!」

僕は不審者に向かって猛然と突進、さすまたを勢いよく突き出した。

ところが不審者は僕の突き出したさすまたの、

Y字に分かれた先端をそれぞれ両の手で軽く受け止め、

そのまま自動車のハンドルよろしく左に一回転させたら

柄を強く握っていた僕も一緒に回転、

「ぎゃん」

ひっくり返って尻餅をついた。

「痛ったあ」

僕が起き上がろうとすると、眼前にゆっくりと木刀が振り下ろされ、

眉間で静止した。見覚えのある木刀。

「おっとお動くなよ。動いたら顔面を撃ち抜くぜ」

そう言うと男は徐に片手で目出し帽を脱ぎ捨て、

尻餅をついたままの僕を見下ろした。

「げ」

見覚えのある長身のイケメンは忘れもしない爽川、

かつて僕が避難訓練でこてんぱんにやられた相手である。

「前回あんなにやられたのに懲りずにまた立候補?

 しかも念願叶ってのヒーロー役なのにこのザマとは見苦しいね」

「ちっくしょう。卑怯だぞ」

「おいおい何も言えないからってとりあえず『卑怯』とか言うの

 止めろよ。ていうか卑怯なの、いきなり襲いかかってきたそっちじゃん」

「だってどう見ても不審者だし」

「そういう短絡的な考えだから、正義と悪の単純な二元論でしか物を語れないんだろ」

「だってどう見ても、悪だし」

「悪?そうさ俺は確かに悪かもしれないね。否応なく相手を圧倒し、オフィスで

一番人気のOLは労せず自分のものにする。誰もが羨むイケメンだし、嫉妬羨望が

俺の周りに渦巻いている。やっぱり悪だね。じゃあ君は正義?じゃないね。

本当に自分が正義だと認める人間は、わざわざ正義のヒーローを名乗りたがったり、

自分から正義の記号を欲したりしないよ。じゃあ君は悪?というとそうでもないね。

敢えて言うなら、

『恥』かな。『うんこ』と言い換えてもいい。

ほらそこにだらしなく尻餅をついてる姿、そして去年脳天をかち割られた姿、

無様そのものじゃないか。それは「悪」なんてカッコいいものじゃないよ。「恥」だね。

「悪の帝国」とか「諸悪の根源」とか、語感には一抹のカッコよさがあるけど、

「恥の帝国」とか「諸恥の根源」って言われたら救いようがないだろ。

ほらよくヤンキーがイジメとか反抗とか、過去の悪行を自慢気に喋るのは

それが「悪」だからだよ。野球で三振したとかうんこちびったとか

「恥」は絶対に告白しないだろ。

君は自分の中の「恥」を隠匿するために「正義」を名乗っている。

「恥」を隠蔽するために「悪」を名乗るヤンキーと、本質は変わらないよ。

どう?少しは懲りた?」

「・・・爽川には、『恥』はないのか?」

「ない。探しても無駄だよ。恥塗れの君には分からないかもしれないけど、

 俺みたく恥と無縁な人間は確実にいるし、

それは君のような人間には理解できない。それにあ」

がつん。

「ぎゃん」

爽川を喋らせている隙に不利な体勢から逃れようとしたが、

爽川はそれを見逃さず僕の眉間に強烈な突きを入れた。

そこで僕の記憶はストップしている。