不審者対策避難訓練 - RoseEnNoir午前零時

昨今は企業を狙ったテロとか、そこまでいかなくても古典的な強盗とか、文字通り危機管理がビジネスの現場でも問われたりしている。なので、会社によってはそういう被害を与える虞れのある不審者対策の訓練をしているところもあって、僕も何度か参加したことがある。「来週の木曜日に不審者テロ対策訓練をやります」と課長。「ハイハーイ。僕やっつける役やりたいでーす」役回りを決めるにあたって、不審者を撃退する役に僕は真っ先に立候補した。が、意に反して撃退役はイケメンの爽川さんが指名され、僕は正反対の不審者役を拝命した。「爽川の方が絵になるだろ」しかし、何事にも手を抜かない僕は、与えられた不審者役を全うすべく、その日から役作りに入った。古今東西の「審らかでない者」像を研究した結果、・無精髭・伸び放題の髪・血走らせた目･･･が共通していることを発見したので、とりあえず髭は剃らずワックスもつけずに出社することにした。三日三晩で台本を書き上げた。シナリオは、「総務課でも人気のＯＬ、リコさんを付け狙う凶悪なストーカー」であり、その人物の性格から趣味嗜好、生育歴までを詳細に設定した。楽天で注文した目出し帽も届いた。前日は一睡もせずに訓練当日。白装束に模造刀を振り回し、ドアを蹴破って総務課に乱入した。「だらあ。リコを出せェ」「きゃああ変態」徐に目出し帽を脱ぎ捨てて叫んだ。「リコォ。オレを忘れたとは言わせないぜ」「何それ」「リコォ。よく聴け。オレの心の叫びを。なぜ、オレを捨てて爽川を選んだ。あんな愚劣な男を。リコ。教えて欲しい。恋愛は不条理なのか？それとも神の仕向けた偉大なる予定調和か？例え神の仕業だとしてもオレは最後まで神と戦う。お前を愛する心に誓って。そしてお前の裏切りに報いるため。今日がオレとお前のデウス・エクス・マキナだ。機械仕掛けの神が全てを終焉させる」「キモ」「え」その刹那、爽川の振り下ろした木刀が僕の模造刀を叩き落とした。「痛ぁ」とも言うか言わないかのうちに、忽ちにして四方から突き出された刺又で四肢を固められ、最後は爽川の木刀で止めを刺された。「っぐはあ」薄れゆく意識の中で、総務課から沸き起こる拍手、それに軽く手を挙げて応える爽川、そしてその後ろに寄り添うリコさんの姿がぼんやりと確認できた。