いつもここで書いているとおり、僕は祖国滋賀近江国は
大好きだ。
でもいま大阪で暮らしているのは色んな訳あってのことで、もちろん自分が望んでいるからなんだけれども
大阪の魅力という積極的な理由も当然あるが、
一つには
郷里の村があまりにも
ゲマインシャフトで住み続けることが困難だからだ。
ガスや携帯の電波、光ファイバーが不通といったインフラ面の後進性はやむないとして、
平家の落人村に端を発する集落の由来は今にも色濃く影響を残してそれが、
僕の足を遠ざける要因になっている。
婚礼があれば家族は村中に挨拶回り。
死人が出れば村総出で野辺送り。
大嘗祭の当日は小学校の授業がなくなる。
各戸に課される寺社への上納金は年に10万は数えるだろう。
そんな村が21世紀の日本にあるの?という人にはいくらでも実家に来てもらってもいいが、実在するのが不思議でしょうがない。
そーいうのが好き、或いは疑問に感じない人はいまでもそこに住んでいるが
僕はどうしても肌に合わなかったので
出たっきり戻れなくなってしまった。
今日は父親がどうしても。と言うので仕方なく実家に行き、祭礼の手伝いをしてきたが
正直言ってもううんざりだ。
何のわだかまりもなく
実家に帰れる人がうらやましい。
僕にはいつまで経っても帰る場所がない。