RoseEnNoir午前零時

ギタリストRose En Noirの日常身辺雑記

続・堕落論

営業マン時代のこと。

毎年うちらの会社では営業マンそれぞれの担当地域をシャッフルしていたんだけれども、

この時期(会計年度末)になると、誰が翌年どこの担当になるか話題になっていました。

ハナシを単純化するために、仮にA地区、B地区というのがあるとして、

A地区は昔ながらの顧客が多く、増収は見込めないけどそこそこ安定した

収入がある地域、

B地区は新規参入した地区で顧客の開拓が進んでおらず、見方によっては

フロンティアともいえる地域(だが実際は厳しい)。

こういう場合僕は当然A地区を希望してて、

「だってB地区しんどいもん」

僕がこういう意見を表明すると、決まって次のような非難の嵐。

魚田「まだ若いのに」

雉山「そんなこと言ってるから営業マンとして成長しなんないんだよ」

蛇永「リスクのないところにリターンはない」

熊岩「貴様は営業から逃げている」

……というお叱りを受け、いっときは本当に

「オレ営業向いてないんだろうか」と悩みましたが

(向いてないということが後に判明した)

さて、新年度。

僕はそもそも能力に欠ける。という社長の卓見のおかげで

しんどいB地区に回されることはなかったのですが、

では僕を詰った魚田さんたちはB地区でリスクを背負いつつ

ばりばり新規顧客開拓に励んだかというとそうではなく、

なぜか僕と同じ、成長しないA地区に配属になっていました。

「あれえ。A地区はリスクを恐れ、成長を拒む、老兵が逃げる場所なんじゃないですか」と

少し意地悪っぽく問い返したら、

「やっぱ、B地区はこれからの人に譲るべきだと思ってな」

「オレらが出しゃばるより、若い人に経験を積んで貰った方がいいと判断したのさ」と、

「オレらベテランの手本」とでも言いたげな自信たっぷりの返事が返ってきました。

僕も子どもではないので分かります。だからわざと意地悪く質問したんですが、

みんなしんどいのがイヤだからです

(もちろんそうでない人もいますが、経験上本当に稀少でした)

魚田さんたちが心底B地区のことを愛しているのなら、たとえ譲るという結果でも

自らB地区を所望する旨の発言がわずかにでも聞かれるはずですが、

彼らが後輩にB地区の魅力を語るのはイヤほど聞いても、

彼ら自身がB地区担当を希望する。という言葉は

ついぞ一片も聞かれなかったのです。

顧客を新規開拓してナンボ。額に汗してナンボ。

そんな営業マンの美学が灰燼に帰した瞬間でした。

若かった頃はそんな大人の二枚舌に憤りもしたものですが。

僕もミソジが目前に迫り、今では、

「みんな、人間だったんだな」と

赦せもする心境です。

しかしながら、いまでも上のような建前が未だに横行し、

会議の席上では空疎な美学が渦巻く会社は少なくありません。

なぜみんなが「しんどいのはイヤ」という本音を隠すかというと、

一つには、魚田さんたちのように「立派なこと」を言っていれば、

「あのひたあさすがベテランだ。できた人だ。

 →余裕のある立場でみんなをまとめてもらおう」と

周囲の評価と優雅なポジションを得られるのに対し、

僕なんかがだらしない本音を垂れ流せば

「腑抜けな若輩者よのう。志の低い奴め。

 →(実はみんな大変だと分かっている)B地区で修行せえ」と

周囲の侮蔑とリスキーな現場が待っている。ということが経験則として

理解されているからです。

でもそんなのを意識してか、あるいは無意識にでも行動原理にするような大人なら、

僕は勘弁だ。と14歳ぐらいの精神年齢で嘯いてみたりもするのです。

坂口安吾は『堕落論』でそーいう空虚な美を喝破した(違う?)人ですが、

僕は「生きよ。堕ちよ。堕落せよ」そして真実の生を見つめろ。と

美しくて仕方がない会議中ずっと唱えていたのでした。