「アフター5はやっぱりミスタードーナツに限るねえ」と
まるで90年代前半のような言い回しを用いつつ
オールドファッションを頬張っていた僕。
いつものようにN君がひょっこり現れて、
いつものようにスイーツ談義をした後、
いつものように係長の話題に入りました。
このシリーズ#4までで述べているなかで詳らかになったのは、
Nくんの上司である係長の偏狭な物の見方で、
とりわけ僕はその見当外れな「検閲」がおもしろくて仕方がないのですが、
今回はいわゆる「言葉狩り」というか、話し言葉にまで介入してくる、という顛末です。
悪筆で有名な鯨岡文具店の伝票を指して、N君。
「これ、内税っすよねえ」
と、係長に確認したそうです。
N君によると、伝票の消費税欄が空白だったから念のため聞いてみたとのこと、
ところが係長、N君が発したその他愛もない一文を取り出して、
執拗に説教、責め立てたというのです。
「N、貴様の日本語は間違っている。それは、(略)
・・・、俺は貴様に正しい日本語を使ってほしい。これも
貴様が正しい銀行マンになるための愛のムチだ」
正しい銀行マンてどんなマンだよ。無知なのはあんただよ。
と思わず心の中でツッコミを入れたN君だそうですが、
係長の説教を僕なりに要約すると、
1.「これ、内税っすよねえ」という言い方をよくするが、
「あれ」「これ」とかの指示語の多用は混乱のもと。
2.正しくは
「この小計欄の金額は内税で書かれていますよね」であり、
「書かれる」という述語が抜けている。
という二点についての指摘だったようです。
1.については、係長はフライデーを読んだりDSをしながら人のハナシを聴くという
タレコミがあり、この場合もN君の指し示す語句を見ていなかった可能性も考えられます。
僕がひっかかったのは2.で、一見正鵠を射た指摘に見え、少なくともこれまでの
「検閲」よりは妥当性が高いかもしれませんが、これは僕から反論させてもらうと、
「僕はうなぎだ」という日本語がありますが、これは
「I am a UNAGI」ではもちろんなく、
「君は天丼を注文するのかい。じゃあ、
僕はうなぎだ」
といったシチュエーションで当たり前に出てくるフレーズで、
「うなぎ文」として文法のテキストにも載るくらい(ホント)、日本語特有の言い回しとして
認知されています。金田一晴彦先生が言ってるんだから間違いありません。
厳密に言えば、述語の省略ではなく、「注文する」という述語を簡略して、
形式的に「うなぎ」という名詞に「だ」をつけて文にするという、
まったくエコロジカル(余計な繰り返しをしなくて済むという意味)な日本語の特徴です。
だから、N君が
「これ、外税で書いてるのかなあ。それとも内税で書いてるのかなあ」
ではなく、
「これ、外税で書いてるのかなあ。それとも内税かなあ」
と逡巡した結果
「これ、内税っすよねえ」と口に出したのは別に不自然ではない。
文句を言うなら日本語を作った人に言おう。
・・・ということを彼に教えてあげたら、俄然その気(どの気?)になったN君。
虎視眈々と復讐の機会を伺っていたN君が、
一週間後に起こった、
会社でホカ弁を注文する機会を見逃すはずがありません。
係長が発した
「俺、のり弁ね」の一言にすかさず食いつき、
「はっはーん。係長は係長じゃなくてのり弁なんだー。ぷぷー。
『He is a NORIBEN』ですね。こりゃ大統領も驚きますよ。
述語って大切ー。正しい係長になってくださいよー」
と、ありったけの愚弄を吐き出したN君。
恍惚とした表情の彼に向かって係長は、
虚頓とした顔で一言。
「君は、『うなぎ文』を知らんのか。」