RoseEnNoir午前零時

ギタリストRose En Noirの日常身辺雑記

主義なベイベー

社長に取引先から来客があったようで、

「誰か茶ァ出してー」とオフィスに向かって叫んだんだけれども、

そこには僕と、営業の茶々山さんしかいませんでした。

あいにくその時僕も接客中(ビルのメンテナンス業者の人)だったので茶々山さんに、

「すいません、社長に茶ァ出してもらえませんか?」と

頼んだところ、茶々山さんは

「あ、オレ、お茶くみとかはしない主義だから」

とあっさり答え、そのまま悠然と営業成績をパソコンに入力していました。

あれ?そんなんいいの?と一瞬呆気にとられた僕ですが、

メンテナンス業者さんの「どっちの塗料で塗りますか」という質問に

回答するのが先で、とりあえず「このジャスミン色のやつで」と答え、

見積書を書いてもらって、

それが終わってから社長室に茶を持って行きました。

あとで社長に呼び出され

「馬鹿モン。お客様が『じゃ、そろそろおいとま…』なんて言いかけた頃に

『ソチャでーす』なんて持って来る奴がおるか猿。

『ソチャでーす』のあとには必ず『が』をつけろ。『粗末と申しておるがそれはただの謙遜だ』と

いう意味のな。じゃなくて、どんだけ遅いんじゃい」

と、こっぴどく叱られた僕ですが、いつもは平身低頭で聞く僕も今回は上のような

言い分があり、真っ向から

「だって、そん時僕も接客中で、手が空いてるのは茶々山さんだけだったんです。

だから僕は茶々山さんの方に『茶ァ出してください』って頼んだのにあの人ったら、

『茶くみしない主義』とか訳の分からない理由で拒否したんですから」

と述べ立て、これで非は茶々山に。むしろ遅れてでも茶を持って行った正直者の僕は

褒美すら貰えるかもしれない。と内心期待を抱きました。

すると、社長は驚くべき回答をして、僕は6cmばかり引いたのです。

「ああ。茶々山はそういう主義だからじゃないか」

と、全くお咎めなしで、結局悪いのは僕。という結論に至りました。

今までの僕ならここでいわゆる堪忍袋の緒が切れるところですが、

僕も今月で29。30前にしてだいぶ大人の余裕が出てきたところです。

ゆっくり社長の言葉を咀嚼していると、一つの真理にたどり着きました。

僕は「仕事とか面倒なことはみんなが公平に負担するべき」という

「平等主義」を信条にしていますが、よく考えてみればそれは単に

自分が勝手に妄想しているだけのことであって、誰にも標榜しているモノではありません。

でも、茶々山さんは「茶くみしない主義」と堂々と宣言、

主張することにより、自分の義を「主義」として周囲に認知させています。

これが重要なところで、天下に冠たる我が日本国憲法には

「思想・良心の自由」が堂々と謳われているのであって、

自らの義を公共に通用する「主義」に昇華させることにより、

憲法の庇護を受けられるようになるのです。

だから先の一件はむしろ、茶々山さんの「思想・良心の自由」を侵犯しようとした

僕の方が悪者になるのであって、社長の下した結論は正しく、

さすが一国一城の主ともなる人は慧眼であることよのう。と感服したのでした。

これ以来、僕は自らの「義」を「主義」と昇華させるべく、積極的に行動することにしました。

オフィスで電話が鳴っても、

「僕、『電話には出ない主義』ですから」と宣言して無視し、

電車で妊婦さんが僕が腰掛ける座席の前に立っていても、

「『座った方が足が長くなる主義』だからなあ…」と呟いて寝たふりをし、

可燃ゴミの日にフライパンを出して

「『リサイクルには反対。主義だから」と野良猫に向かって叫び、

シュレッダーの使い方が分からなくて、

「『説明書とかは読まない主義』なんです」と、商談を3件抱えて忙しい同僚を

捕まえて問い質す。

……と、積極的に主義を主張するライフを送っていて、ある日。

「僕は『汗をかく労働はしない主義』ですから」と、

イベント会場の撤収作業を拒否したところ、周囲の人たちから

「オレらはみんな『平等主義』じゃあい』とタコ殴りの憂き目に遭い、

薄れゆく意識の中で

「あれ?みんな『平等主義』だったっけ…」と、走馬燈のように

回想がなされたのでした。