(承前)
数キロに及ぶ長い高架の手前。
思えばここで止まってしまったのは幸いだったのかもしれない。
信号待ちの間。
いよいよ後輪は反発力を失い、だらしなくアスファルトに接地した。
こうなるとホイールの回転力は全く伝えられず、
アクセルをふかしても右に左にタイヤが潰れるだけで、
自走不能となった。
死体というのは実際よりも何倍も重く感じられるらしいが、
VOX号はまさにそれで、
仕方なく自力で押し始めたもののとりあえず
脇道の端までもっていくのがやっとだった。
やむを得ず僕はVOX号を放擲、
必ず助けに来るから。と約束して
置き去りにしたままとぼとぼと夜の大阪を歩き始めた。
大阪といってもここは果て。
しかし、ほどなくして明かりのあるバス通りまで辿り着き、
しかも丁度市営バスが到着。
駅まで揺られることができた。
駅からは普段、自宅まで徒よりまうでけり。なのであるが
疲れもあってバスを乗り継ぐことにした。
ほうぼうの体で帰宅した僕は行旅死亡人。
先に帰っていた妻も同じく死亡人だった。
人事異動で、いまの工場から市内最大の工場に
転勤することになったのである。
規模が最大ということは、生産量も最大なのであるが
必ずしもスタッフがそれに比例して配置されている訳ではなく、
仕事量÷人という立式で求められる解で最大という意味もある。
翌土曜。今日。
朝から豚児を連れコーナンへ。
VOX号救出のためである。
パンク修理キットとコンプレッサーを購入。
そして現地へ。
コンプレッサーをムーヴ号のシガーソケットに装着、
徐にエアーを注入した。が、
一向に空気圧が上がらない。
訝しく思ってタイヤを剥がしてみると、
チューブと空気を入れるところが、外れていた。
もう無理である。
諦めて帰投、いつものバイク屋さんへ。
事情を相談したが、マスターは
これから泉州に行く、よってすぐには対応できない。との
ことだった。
が、必ずVOX号は助けるから。と
心強い言葉をくれた。
僕は豚二を連れ休日出勤。
マクドナルドに寄った後、ちょっと公園で遊ばせた。
果たして。
帰途、VOX号置き去り地点を通過すると
なんと既にVOX号は引き上げ済み。
つまり、マスターがピックアップし、連れて帰ってくれた上
タイヤを交換してくれたのである。
夕刻。礼を言いにバイク屋さんへ。
はるばる果てまで探しに行ってくれた上、
タイヤ交換もしたのにたった1まん2せんえんちょっとという、
こちらを慮っての請求だった。
申し訳ない気持ちでいっぱいである。
麗らかな日だった。
妻と豚児は子供会の行事で映画鑑賞に行っていた。
僕はまたVOX号で仕事に行こう。