RoseEnNoir午前零時

ギタリストRose En Noirの日常身辺雑記

「ブレない」ことに対する過剰な信頼

一般的に、

「あの人は『ブレない』よねー。」

と人を評する場合、

大抵はその人の発言や行動の一貫性を

好意的に評価していることが多い。

反対に、

朝令暮改」という言葉が悪し様に使われるように、

発言の主旨がころころ変わる人。というのは

社会では評価されない。

当たり前である。・・・そうだろうか?

最近「ブレない」ことに対する疑念が湧いてきたのは

他ならぬ大震災の影響も少なからずあるのだけれども、

発言や行動が一貫しているということが

そんなに重要なことなのだろうか。という問題に気がついた。

というのも、僕はこの30余年

「一貫して」

引きこもりだし、出不精である。

理数は苦手だし、漬物は嫌いである。

そんな「ブレない」僕だが、

誰からも一度も評価されたことはない。

当たり前である。

僕だって他にそんな人がいたとしても

良くは思わない。

つまり、「一貫している」内容にも問題があって、

例えば30余年

「一貫してボランティア活動に従事している」とか、

「一貫して勤勉」とかは

恐らくかなりの人の共感と評価を得られるだろう。

しかし残念ながら世の中には、

例えば30余年

「一貫して怠惰」

といった0点の、僕みたいな人間もいるのであり、

そんなブレない人よりは

「時々怠惰だけど時々勤勉」みたいに

ブレまくる人の方が平均50点くらいで、

トータルとしてはまだマシな気がする。

同様に、例えば

タッチに感化されて以来オレには野球しかない。という人よりも

キャプテン翼が流行ればサッカーをし、

スラムダンクの人気が出ればバスケットボールに鞍替え。みたいな

ブレまくる人の方が器用だし、

柔軟な思考ができて良いのではないか。と

最近は考えるのである。

だから僕も一貫性にこだわらず、

昨日までの引きこもりを撤回してコロっと

社交的に宗旨替えしたろ。と思ったが

こうやってブレてみる。ことも意外に難しいことに気づいた。