RoseEnNoir午前零時

ギタリストRose En Noirの日常身辺雑記

忘れ物

会社に届く郵便物を開封、仕分けするのは

僕の仕事。

鮭の干物だったりデモテープだったり

いろんなものが届くが、

今日のクロネコメール便で届いたのは、

我が社にあるはずの備品デジカメだった。

最近見当たらないと思っていたら。

送り主は

和歌山県海南市 丸山サダオ」さんで、

同封されていた一筆箋には裏表、

細かい字でびっしり以下の通り書かれていた。

「拝啓いかがお過ごしでしょうか。

私はマリーナシティの近所にある水産工場勤務の

31歳です。きっとあなたもうちのツナを食べたことが

あるでしょう。さて本題です。私がいつも夕飯を買いに行く

スーパーでは時々鉄道忘れ物市を開催しています。

ここは結構いろんな掘り出し物があるんですよ。

例えばネクタイとか。先日もペイズリー柄のおしゃれなのを

買いました。酔客の方がお忘れになったのでしょうか。

定番といえば傘ですが、私は普段番傘をさすんで

残念ながら買ったことはありません。

そんな私にも最近彼女が出来て、初デートはやっぱり

マリーナシティを案内しよう。と思いました。

地元では定番ですけどね。せっかくだから、

彼女の微笑みとか、つまらない仕草とか、黒潮とか、

そんなものを記念に写せたらいいなあ。と思って

ここ。鉄道忘れ物市を覗いたんです。

すると、デジカメが売ってたんですyo。4523円でした。

4891円だったかもしれません。

ちょっと私は迷いましたが(傘と)、彼女の横顔を思い浮かべると、

まるで強迫観念さながらに、ドキドキして、汗が滲んで、買わなくちゃ。

いや、買えよ。初恋かしら。と命令するんですよ。酔客?」

ここまで読んで僕はちょっと不安でドキドキしながら裏をめくった。

「カメラを持っていよいよデートの当日になりました。

ところが、残念ながら大雨になったんでマリーナシティは

やめになりました。代わりにラウンドワンに行くことになったんですが、

彼女はボーリングが気に入らなかったらしく、そのあ」

ここから字がぼんやり滲んでいて、これが汗なのか、雨なのか、

あるいは涙なのか分からないけど、

字が判読できた最後になってようやく事情が掴めた。

「いていると、『鼻山物産備品』っていうシールが底に貼ってあるのを

見つけたんです。早速ネットで調べたら、大阪にある会社っていうのが

わかって、四季報には『主力の文房具で苦戦』て書いてました。

デジカメ「も」、私の許にいるべきではなかったんだ。と

その時分かりました。だからお返しします。そしてあの娘も。

プチプチがなかったのでリンゴにかぶさっていたアミアミのやつで

包みました。これからも大事に使ってね。敬具。SADAO」

ちゃんと会社のシールが貼ってあるのに、

鉄道忘れ物市の商品になるとは一体どういう事だろう?

リンゴの緩衝材でくるまれたデジカメを恐る恐る開梱して、

電源を入れた。

電池マークは残り1つに減っていたが普通にカード内の写真を再生できた。

これはウチの社員ではなく、

サダオさんが撮った写真だろうか。

一枚目の写真は彼の部屋だろうか、砂壁とカレンダーが

写っている。カレンダーは先月のものだった。

二枚目は、彼が自分を撮ろうとして失敗したのか、

うっすら無精ひげが見える顎がブレ気味に写っていた。

三枚目は煙草と灰皿。

四枚目は洗面台である。

サダオの生活感が生々しい。

試し撮りをするにしてももう少しマシな被写体はなかったのだろうか、

ちょっとデカダンスでアーティスティックでもあるが。

その後は急に場面転換。ラウンドワンだろうか、

UFOキャッチャーなんかを撮った写真が何枚か続いていて、

最後は何故か豚の置物の写真で締めくくられていた。

「彼女」はどこにも写っていなかった。

僕はこの親切な同い年の男性に、丁重に礼状を認め、

先程投函してきた。ありがとうと言いたい。