妻の友人Lさんのグチである。
Lさんが通っていた着付教室で一緒になった婦人、万代さんは
気さくな感じで、連絡先を交換したり
講座終了後に茶を時々しばいたりしたこともあるそうな。
着付を習っていたのは半年前のことで、
以来万代さんや教室の人たちとは
連絡を取り合うこともなかったそうだけれども
今月。
Lさんが高島屋で買い物をしていると携帯電話にメール着信。
「おいしそうなスイカがあるから、Lさんの家に持って行ったけど
お留守でした。玄関の軒下の陰になっているところに置いといたから
また食べてね。マンダイ」
…という内容のメールを見て慌てて帰宅したLさん、
果たしてLさん宅の玄関には日が少し移動して
3分の1ほど日光にあたったスイカが鎮座していたのである。
ちなみに、そのスイカは近所のダイヤススーパーの特売品シールが
貼ってある4分の1カットのものだった。
困惑したLさんはとりあえず何かお返しをしなければ、
ということで松坂屋でメロンを購入、
万代さんにお礼の電話とともに来訪の旨を告げ、
返礼を済ませてきたそうな。
僕はこれを聞いて、なんだほのぼのした話だなあ。と思ったけれども
Lさん的にはいくつか問題点があるらしくそれは、
①自宅を行き来するほど親しくはなかった
②お中元にしても時期が外れているし、アポなし訪問は都合が悪い
③スーパーの特売品を贈答にするのは相応しくないのでは
…という3点らしい。
思うに僕はこの万代さんというご婦人は、
「わあなんて安いスイカかしら。独り占めなんてもったいない。
そうだ、近所だけど最近ご無沙汰なLさんにお裾分けしよう」
というサザエさんの時代のような思考をする、
憎めない、素朴な人なんだなあと思う。
しかしLさんは民事不介入、社会契約を旨とする
近代的な考え方の持ち主であり、ゲマインシャフト的な万代さんとは
基本、相容れなかったのである。
どちらがよいか。という単純な二元論はさておき、
万代さんの純粋な善意というのは、
迷惑に感じる人がいたとしても
僕は悪くはないなあ。と思った。
僕も、友達だと思ってなれなれしく接していたら
実は向こうはあまり親しいとは思っていなかった。
なんて経験は枚挙に暇がないけれども、
対人関係の温度差というのは割とあって
割と測りづらいものかもしれない。
たとえばストーカーのような例は極端だし
悪意も混じっているから除くけれども、
うわっ安っ→○○さんにあげたらきっと喜ぶだろうな。
という、単純思考(空気を読まないとも言う)は
子供じみているけれども悪くもない。