ふるさとまつり
本社が指示する地域融和策が
僕にとっては支持しがたいものばかりなのであるが、
ウチの支店では毎年行われている鼻山地区の夏祭りに
会社の福利厚生用グランドを貸し出している。
夏祭りの時期が近づくと僕もいろいろ手伝いをするのだけれど、
どうせなら難癖をつけてビールの一杯でも奢って貰おう。
という意図とあと豚児がヒマを持て余しているので
暑い日の夕方、厚生グランドに豚児と連れだって行った。
日が落ちてから来ればよかったのだけど、
非常に暑い。
社屋の陰に隠れてジュースを飲んだ。
それでも蒸し暑い午後の5時、既に
たくさんのお客でグランドは一杯。
思ったより盛況である。
支店の人が出店しているエアーガンの出店にも立ち寄り、
豚児も一発撃たせてもらおうと思ったが
ビビって隠れてしまった。
「貴様も手伝えよ」「ほんと悠長ねえ」
という罵声を背中に受けながら他の店を回る。
やきそばとフランクフルトと焼き鳥を買った。
豚児はエアーガンのお店で貰ったジュースとゴム状の発光体、
その他謎の緑色の半固形物、水風船のヨーヨー、
きらきら光る蝶々のオブジェを手に。
200円で籤引きをした。
二回したが一度はチューブにジュースが入っているやつ、
緑色のパッケージが有名なカップめんを得た。
以上、かなり祭りの売り上げに寄与したのではないだろうか。
さて、そろそろ帰ろかしらん。と思って踵を返したら、
司会のご婦人による
「カラオケ大会です」との案内に、豚児と相談して
もうちょっと観てから帰ることにした。
どうせイベントのつなぎ的な催しだろう、
とタカをくくっていたけれど、
でも飛び入り参加可能なら僕もエントリーしたいな。
なんて眺めていたら
実はこれが祭りのメインイベントなのか
ステージの周りには何重ものオーディエンスが。
さて、当のカラオケ大会が始まった。
支店でイケてる人たちも出場していて、
見事なパフォーマンスで魅了している。
さっきまで飽きかけていた豚児もすっかり生き返って、
手拍子をしたり頭を上下したり
いつの間にかノリノリになっている。
おっちゃんたちの演歌も、
「これも観る」
といって最前列でノっていた。
周囲の盛り上がりもまずまずである。
どうして僕にオファーしてくれなかったのか。
やっぱりヴィジュアル系は一部の好事家の人たちのものと
思われているからか。
それとも単に僕が30さいのおっさんで月収18まんだからか。
おそらくどっちもだろう。
打診があれば翌日からボイストレーニングに通い、
原宿に衣装を買いに行ったのに。
もちろん、ルナシーの人たちが着ていたような服をだ。
来年は僕がエントリーできるよう政治力を働かせなければならない。
豚児もいるし二人で出場というのもアリだ。
原宿に行けば100cmの黒服もあるかもしれない。
僕の歌を鼻山村の人たちに届けなければいけない。
そう誓ったのもこの人の歌を聴いたからで、
4番目に登場したご婦人は御年84歳、
曲がった腰を支え杖なしでステージに上がる姿は
それだけで生への強い意志を貰うものだったが、
モニターにすがりながら懸命に「雪の十日町」を歌う姿は
まさに絶唱と呼ぶに相応しかった。
司会による紹介がまた涙を誘う。
「鼻山村に嫁いで早や幾星霜、友人が次へ次へと鬼籍に入り、
最愛の夫を失った私に生きる希望を与えてくれた歌、
歌との出会いに感謝し、歌と共に生きていくこれからもずっと」
僕は感動のあまり鼻水を垂らしながら最後まで聴いた。
「どうもー。86歳のおばあちゃんでしたー」
と、
なぜか歌った後には2歳歳を重ねていたが、
それだけ命を懸けた歌唱だったのかもしれない。
僕は30さいの月収18まん男として、
人々にどんな希望を与えられるだろうか。
持ち歌メモを繰りながら考えた。