無償の善意をさも当然のように受け取る人たちを目にして、
虫酸が湧いていたので中和するために。
商品を配達しにきてくれたおっちゃんに、
「次、丸竹興業ってとこに配送なんやけど、道、
どやって行ったらええんかねえ」と
訊かれて、僕は丸竹に行ったことはなかったんだけれども、
でも困っているおっちゃんにせめて知る限りのことを申し上げるのが誠意、
「えっと、いま車停めてもらってる道をそのまま下って、
で、次の交差点を左折、直進して二つ目の交差点を右に曲がると
大きい道に出ますから。ええ。『黒塚』の信号がありますよ。で、
そこを山の手に曲がってまっすぐいったら消防署と病院がみえますから。
たぶん。で、ミラクルマートに着きます。え。ミラクルマート知らない?
あの、犀のマークのホームセンターですよ。目立つからすぐわかりますって。
そのミラクルの裏手が丸竹です。細い道でしかも一方通行だから気をつけてね」
さすがにこの説明ではまずいと自分でもわかったので、
小学生が書くような手書きの地図をおまけにつけて
「なんとかこれで辿り着いてください」と渡しました。
おっちゃんは満面の笑みで
「ありがとお。このへん初めてでな。たすかったわ。センキュー」と
去っていったのですが、
たぶんおっちゃんは丸竹に辿り着けたと思います。なんとなくわかります。
僕はこのおっちゃんの屈託のない謝辞が非常に嬉しかったのですが、
善意を善意として受け取ってもらえることが当たり前でない昨今、
僕は嬉しいです。
通信教育の営業をしていた時のこと。
ある一軒のお宅から便箋三枚にわたるお手紙を頂戴したことがあって。
「大四出版 Rさま
いつも娘がお世話になっています。Rさんの赤ペンのおかげでいまは娘も
勉強が大すきになり、毎月のかだいを楽しみにするようになりました。
Rさんのかいてくれるエリマキトカゲの○をもらうと、よろこんで父に
見せにきてくれます。いまでは私も(中略)
さて、娘がさいきん、駅のローマ字を見て、
『お父さん、ほんまき駅はローマ字で『HOMMAKI』ってかいてるけど、
学校では「ん」はエヌって書くってならったよ。まちがってるんじゃないの』
ときいてきたのですが、やっぱり駅の人がまちがってるんでしょうか。
だれにきいたらいいかわからなかったのですが、Rさんならもしかしたら
わかるかもしれないとおもっててがみをかきました。
いそがしいのにすいません。 父」
日頃取引先からしょうもない難癖をつけられてばっかりで閉口の毎日だった僕は、
この手紙の素朴さがいやに純粋に感じられて、すぐにペンをとりました。
これはヘボン式の表記であり、公の表示に一般的に用いられる形式であること、
例の他にも「SHIMBUN」とか、あとにMとかBとかくる「ん」の場合はNではなくMで
表記することが特徴で、ついでに「あー」とか「おー」とか伸ばす記号(アルファベットの
上につけるやつ)は使わないから気をつけてね。
……という返事を書いたら翌日、電話がかかってきて
「いっやー、Rさん。きのうはほんとにすいませんでした。あれから
家内におこられましてね。『はずかしい。そんなん人にきいて』って。はは。
でも、おかげでよくわかりました。だれにきいたらいいかわからなかったもんで、
ほんとたすかりました。ありがとうございました。
これで娘にも教えてやることができました。こんな営業のひとはじめてですよ。
Rさんはいまは赤ペンだけど、そのうち、課長とか社長にもなれますよ。
ほんと、おうえんしてますからね」
という、終盤はよくわからないけどとにかく絶賛してもらい、
本当に嬉しかったのを覚えています。
僕は、そんな、善意がお互いに行き交う世の中がいいです。