RoseEnNoir午前零時

ギタリストRose En Noirの日常身辺雑記

静かな恋の萌芽

知り合いの四ツ橋君はどうも兎原さんに興味、というか

気があるらしく、

傍目に丸分かりなアプローチを仕掛けては、

兎原さんも満更でも無い様子。

彼らとはそう頻繁に会う訳でもないが、

顔を合わせるたびに会話の距離感みたいなものが変化しているので

僕でも容易に察せられる。

当初、四ツ橋らは烏合の衆のなかの

偶然居合わせたただの二人であり、

「最近メッチャ暑いよなあ」

「うん、暑い」と

当たり障りのない会話に終始していたが、

いつからか

「あのさー。兎原。ところで次の営業レポートの提出日、いつだっけ」

「9月31日じゃーん。ウケルー」

と、僕でも誰でも分かるような内容を

わざわざ兎原指名で訊ねるような、

必然的に居合わせた特定の二人に変化し、

いまでは

「でさー。ウサっぴ。和歌山、マジでサビキでチヌ釣りし放題でさー」

「えー。ワタシも投げ(釣り)したーい」

と、僕とか一般人には軽く障壁、

いわゆる「二人だけの世界」という

意図的に設けられた空間の二人になっているのである。

ただ、

「あんまり大勢で行くと魚、近寄らなくなっちゃうしなあ」等と

四ツ橋の誘い文句があまりに露骨なので、

もすこし上手にやれよ。とおっさんの僕は呆れるでもなく、

苦笑するでもないが、

この一連の観察は新鮮な感覚を僕にもたらした。

四ツ橋が兎原に恋愛感情があるのかどうか分からないが、

ある程度好意を抱いているのは上記の事実からも推定できる。

恋の萌芽なのかもしれない。あるいはもう既に走り出しているのか。

赤の他人同士が恋をし成就する。というのは

宇宙が無からビッグバンしたことを説明するに等しい奇蹟だと僕は思うのだが、

一連の観察を経て少しは理解できるようになったような気がする。

でもまだ、説明できない不思議な部分がたくさんあってそっちの方が多い。

なぜ四ツ橋は兎原に好意を抱いたのか?

なぜ四ツ橋の誘いを兎原は諾としたのか?

なぜ四ツ橋四ツ橋と兎原が連れ立って歩いている姿を遠巻きに眺めながら

ハンカチを噛んでいた夏川さんを選ばなかったのか?

なぜ兎原は四ツ橋ではなく、「オレも釣り、結構するよ」と食い込んできた

営業成績もトップ3、年も近いイケメンの柳本を選ばなかったのか?

四ツ橋と兎原は「偶然に」恋をしたのか?

無論、「本人の勝手」と言ってしまえばそれまでである。

恐らく自覚すらない四ツ橋と兎原に理由を延々説明させたところで余計、

本質が分からなくなってしまうかもしれない。

けれども僕は、

誰がなぜ誰かを選ぶのか。という神秘にはおっさんのいまでも興味があるし、

死ぬまでに分かったらいいな。とちょっと思っているのである。